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ETUDEBOOK

駆け巡る炎天下の記憶2013.10.04

【お題】Special Thanks!!
雑草
提供者:マネージャーKさん
秋田犬
提供者:マネージャーAさん
スポーツドリンク
提供者:マネージャーAさん

右を見ても左を見ても、目に映り込むのは木々ばかり。その周囲をぐるりと覆う山々がこの町を監視するかのようにそびえ立つ。その山々からこだまする木々のせせらぎや虫の合唱。そんなにぎやかな町に軽快なであるがリズムを轟かせ走る、 ○○がいる。しわくちゃのワイシャツにブルーのネクタイを雑に絞め、いかにもだらしない様子がうかがえる、しかし手に握り締めた鞄や革靴はどこか真新しいもののように見える。彼は今年入社したてのルーキーサラリーマン。彼に襲いかからんとばかりに太陽が暑い視線を送り続ける。

周りには点々と民家があり、その周りは塀も低く庭なのか空地なのかはっきりしない手入れが施されていない茂みがそこら中に広がっている。住まいのボロアパートから目指すバス停までは歩いて三十分程、走れば十五分くらいだろうか。刻々と押し寄せてくるリミットと容赦なく降り注ぐ灼熱の太陽眼差しが彼の頭を朦朧とさせる。言い訳がまるで浮かばない。何故目覚まし時計が鳴らなかったのだろう。それを考える余裕すらない。ただただ走ることしかできなかった。

細長い一本道を曲がった所に小さな公園がある。真ん中に二本の大きな木が見つめあう形で優しく佇んでいる。しかし、今の彼の眼にはそれが金剛力士像の阿吽のようににらみ合うかの如く仁王立ちしている風にみえる。上司の顔が目に浮かぶように。

二本の木の間をすり抜けるかのように小さな花壇の中を突き進む。花は踏まないようにと気を遣って通ったのだが、そこに細くも力強い声が跳んできた。その声の主はこの花壇を世話し続けている近所のおばあちゃんであった。普段会社に向かうときは合わないのだが今日は寝坊したせいか出会ってしまった。

その声に一瞬ひるみ全身の力が抜けおち溶けだしそうな気分に陥った。立ち止まりどっと汗が流れ出る。おばあちゃんは何かを言っている。しかし、耳には全く入らない。振り絞るように大声で謝り、また駆け出した。

公園を抜けるともうすぐバス停がある。しかし、その目前にはこの地域の地主であろう屋敷がある。そこを通り抜けると確実に近道になるのだ。彼の判断は迷わず横切ることであった。

立派な庭を通り過ぎ、塀を越えようと跳びついたとき、そこから振り落とされるかのようにするどく犬の鳴き声が耳に突き刺さった。よじ登った塀から落ちまいと堪え振り返ると、そこにはこの屋敷に侵入したやつは俺が許さないと、飼い主への忠誠心を守る一心で睨み、威嚇する秋田犬が小さくも美しくそびえ立っていた。瞬時に罪悪感を覚えるものの、対応する余裕はない。背を向け塀を飛び降り、また駆け出した。

バス停への道のりは残りわずか、一本道を残すのみ。すると突然、全身が軽くなり、鳥のように飛んでいる気持ちになった。それもつかの間、瞬間地面に叩きつけられた。振り返るとそこにはペットボトルが転がっている。そのペットボトルを殺意の眼で見ると、近くに自動販売機とゴミ箱が仲良く並んでいるのが目に入る。痛みと共に朝から飲まず食わずで、喉がカラカラに乾いていることに気づく。一瞬何か買おうか迷ったが、時間がない。転ばされたペットボトルも拾うこともせず、また駆け出した。

ようやくバス停に到着し、携帯電話の時計を見ると、いつも乗っているバスの時刻にはギリギリ間に合った。一分前。バスが遅れているのか、定時になってもバスが来ない。遅延なのか。ベンチに座り、ポケットからくしゃくしゃになった煙草を取り出し火をつける。瞬間、湧き出ていた汗が、決壊し一気に流れ出た。汗を肌で感じようやく冷静になれたころ、バスがやってきた。

バスに乗り込むと、安心したのか、不意に笑みがこぼれ、疲労感とともに眠りに就いた。

バスで走ること二十分、会社のあるバス停に着いた。すっきりとした顔で降り、あれだけかいた汗でびしょびしょになったシャツはひんやりと乾き、すがすがしくもある。ネクタイを締め直し、スキップのようなかろやかなリズムで会社へと向かう。普段より遅い出社時刻ではあるが間に合った。頭の中では会社への道のりで起きた出来事が走馬灯のように蘇り消える。

そして、会社の扉に手を掛ける。が、開かない…

その瞬間、いやな汗が再び、そして、先ほどの走馬灯が逆再生で昨日までさかのぼる。「しまった!」今日は日曜日だ。その時、更に走馬灯が再生し脳裏を駆け巡る。出勤時には会ったことのないおばちゃん、遅延したと思い込んだバス、鳴らなかった目覚まし時計…全ての辻褄が合った。

帰り道、昼前なのにぐったりとした様子で歩いていると、あのペットボトルを見つけた。それを拾いゴミ箱に叩きつけるように捨て、朝から何も飲んでいないことを思い出し、スポーツドリンクを買い、一気に飲み干した。

公園に差し掛かり、阿吽像が待ち受ける。しかし、今はそれが普段の優しい木々にしか見えない。その涼しげな空間に癒しを求めるかのように、木製のベンチに腰を掛ける。この短時間の出来事が嘘のように、そこは静寂を包まれている。不意に花壇に目がいった。花壇の花は凛と咲き誇っている。不思議に思いあたりを見渡すと、そこには強く踏みつけられてはいるが、たくましく生きようとしている雑草が生えていた。点々と生い茂る雑草は美しく咲く花を支えるようにして存在する。花壇は花々も雑草も合わせて花壇なのだと、おばあちゃんはそれが汚されるのが辛かったのであろう。その雑草を整え、伸びをし、深呼吸をしたら、緑の匂いと微かにささやく風で木々が揺れ、自然の恵みを感じた。

そして、もう一度灼熱の太陽に向かって伸びをした。